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zoom RSS (増補版)539E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1891年6月〜1891年8月)

<<   作成日時 : 2017/07/12 06:32   >>

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題:(増補版)539E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1891年6月〜1891年8月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1891年7月1日、九州鉄道会社線の高瀬駅〜熊本駅間(28km)
 が開通し、門司駅〜熊本駅間(195.4km)が全通した。
1891年7月5日、北海道炭砿鉄道会社線の岩見沢駅〜歌志内
 駅間(49.7km)が開業し、手宮駅〜歌志内駅間の直通運転
 が実施された。
1891年7月5日、清国の北洋水師(艦隊)が、戦艦「鎮遠」
 「定遠」と軍艦他4隻で、示威(名目上は親善)活動の
 ため東京湾へ来航した。
  本「頭山満と玄洋社物語」(続)(平井晩村著1915年
 刊)の第10章に、
  「日本の海軍の10倍の「鎮遠」「定遠」の巨艦を擁し、
 東京湾にあらわれ丁汝昌は、『眼中に日本なし』とせせ
 ら笑い、長崎に寄港して横暴のかぎりをつくした」とあ
 る(日清戦争の遠因)
  日本は、戦争回避もあってか? 金を出し、長崎市と
 協力して歓迎大会を開催した。
  また、横浜、呉などにおいても

  (字数制限の為、中略します・・全文は、是非、下記のブログを御覧ください)

、1891年に至ってやっと魚形水
 雷を試射するという段階だった。
  (参考)水雷:すいらい、多量の爆薬を詰め、水中で
     爆発させて艦船を破壊する装置。
      魚形水雷(魚雷)・機械水雷(機雷)など。
.
  (今日の言葉)
.
 題:あられもない教義に・・
.
1000年頃、イタリアのウンブリア山村の民衆は、キリスト
 教隠者の聖ロムアルドゥスを危うく撲殺しかけた。
  誠に愚かなことだが、それは、彼を失いたくなかった
 ための行為だった。
.
1231年11月17日、エルジェーベト (ハンガリー王女)が没し
 た。
  (参考)エルジェーベト(1207年7月7日〜1231年11月
     17日)は、ハンガリー王エンドレ2世とメラーノ
     公女ゲルトルードの娘。
      テューリンゲン方伯ルートヴィヒ4世の妻。
      ドイツ名のエリーザベトでエリーザベト・フ
     ォン・ウンガルン、あるいは、エリーザベト・
     フォン・テューリンゲンとも呼ばれる。
      また、キリスト教のローマ教皇グレゴリウス
     9世により列聖された。
      聖エルジェーベト、聖エリーザベト、聖エリ
     ザベートなどと呼ばれる。
  そして、このテューリンゲンの聖エリザベートの遺体
 が、まだ埋葬されなかった時、善男善女の一群が、彼女
 の顔に巻き付けてあった布片を切り取ったり、引き裂い
 たりして持ち帰った。
  彼女の髪や爪を切り取り、果ては、耳や乳房までもち
 ぎり去った。
.
1274年に、トマス・アクィナスが、フォッサ・ヌォヴァの
 僧院で没すると、そこの修道士たちは、貴重な遺物が彼
 らの手から失われるのを恐れ、気高き師の遺体を文字通
 り漬け込んでしまった。
  つまり、頭を切り離し、煮て、調理してしまったのだ
 だった。

  (中略します)
...
1618年11月、巨大な彗星が現れる。
  あられもない事を言って世を惑(まど)わすキリスト
 教・・、
  「総(す)べてが破壊されて後に、平和は訪れる」と
 いう「キリスト教のシャローム(平和)」の教え・教義。
  この最悪の教え・教義によってアメリカ大陸のインカ
 帝国などのインディオの方々は大殺戮され、全滅させら
 れた。
  また、広島・長崎に原子爆弾が、キリスト教に酷く洗
 脳させられているアメリカ大統領によって投下された。
  1618年11月、この年、巨大な彗星が現れた。
  あまりに巨大なこの彗星は、天を焦がす如くに人々に
 は見え、人々は慄(おのの)いた。
  キリスト教に洗脳された天文学者兼占星術師パウル・
 ナーゲルは、まったく科学的な裏付けのない、口から出
 まかせの事を言った・・、
  「サートウルヌス(土星)とユピテル(火星)の影響
 だ・・云々・・」・・と・・、
  この男は、1577年の時にも、キリスト教聖書のヨブ記
 にある、巨獣ビヒモスと海獣リヴァイアサンに関連して、
 適当な事を言っていた、
  「混乱、悪の権化となって、キリスト教の創造の神に
 反抗する」・・と・・、
  「だから、キリスト教の神の恐ろしい刑罰がヨーロッ
 パに迫っている」、「目の前に迫っている」・・と・・、
  このナーゲルは、1621年に死ぬ、しかし、一旦は葬(
 ほうむ)られたが、
  その後、その適当さと不穏な言い方(預言)が断罪さ
 れ、墓は掘り返され、野に晒(さら)された。
.
1661年、アメリカのバージニア州の議会が、黒人の方々を
 『終身奴隷』とした。
  「役畜、家財道具、皿、書物などと同等に見なされる
 ことが、法律によって定められる」という卑劣なアメリ
 カだった。
  デュボイスは、「はりつけ、火あぶり、断食などは奴
 隷を罰する法律的やり方である」と、アメリカ卑劣さを、
 皮肉って言った。
  黒人の方々の一挙手一投足までも規制する法律=黒人
 奴隷取締規則(スレイブ・コード)が制定された。
  そして、1661年、バージニア州の議会が、黒人の方々
 を『終身奴隷』とした。
  この後、マサチューセッツ州(1641年)、
  コネチカット州(1650年)、
  ロードアイランド州(1652年)、
  メリーランド州(1663年)、
  ニュージャージー州(1664年)、
  ニューヨーク州(1664年)などなど・・
  アメリカ諸州が、白人だけに都合の良い、そして、非
 人道的な黒人奴隷制度が法律で決められて行った。
  卑劣で、遅れているアメリカだった。
  これと軌を一にして、益々、黒人奴隷数を増加させる
 というアメリカという低劣国だった。
  アメリカの独立当時の1776年頃には、総人口が約250万
 人の内、黒人奴隷が50万人も居た。
  また、その後の1790年には(最初の国勢調査)には、
 総人口392万9000人のうち、69万8000人が黒人奴隷(自由
 黒人を含めた黒人数は75万7000人)であった。
  黒人の方々の『血と汗と涙で出来たアメリカ合衆国』
 だった。
  黒人の方々へ感謝すべきである。
  そして、この国民の感謝日を創るべきである。
.
1672年、イギリスが、大々的に奴隷貿易の乗り出した。
  ヨーク公はじめ王侯貴族、大商人、大プランター(経
 営者)などが、こぞって奴隷貿易に関与した。
  その卑劣な巨大な儲(もう)けを受けるため、巨大な
 奴隷貿易独占会社である『王立アフリカ会社』を作った。
  日本との貿易なんて関わっていられなかった。
.
1754年、7年戦争が起きた。
  1754年〜1763年まで戦われたイギリスとフランスの植
 民地も関係した戦争で・・、
  発端に、1740年〜1748年の戦争・オーストリア継承戦
 争がある。
  このオーストリア継承戦争は、神聖ローマ帝国の皇帝
 位とオーストリア大公国の承継問題が係争点だった。
  何でも武力に訴えるキリスト教諸国の戦争ばかりの状
 況だった。
  この愚かさに引きずられて来たこの7年戦争は、イギリ
 スとプロイセンを主役とし、それに対して、その他の諸
 国(フランス、オーストリア、ロシア、スペイン、スウ
 ェーデン)が争った。
  この当時のキリスト教諸国のすべてが争った。
  悲しいかな植民地とされたインドにまで波及した(イ
 ギリスがベンガル地方を奪おうとした)。
  結果は、イギリスが勝って(フランスが凋落し)、イ
 ギリスは、時代の寵児となって行く・・、
  そして、イギリスは、インド・中国など世界各地で卑
 劣な極みの事をしでかして行く・・、
.
1755年、フレンチ・インディアン戦争(フレンチ・アンド・
 インディアン戦争)が起きた。
  1755年〜1763年まで、北アメリカで行われた戦争で、
 世界的な戦争となった。
  (7年戦争ともいうが、ヨーロッパでは、この戦争に関
 し、決まった呼び名はない・・汚辱のこの戦争を歴史か
 ら消したいとしている・・卑劣な君たちがしでかしたこ
 とだ・・甘受せよ!)
  イギリスとフランスの戦争であるが、先住民のインデ
 ィアンの方々にとって、今まで自分たちの国土が奪われ
 て来た痛みが痛切で、自分の国土を奪還したいと、悲し
 いかなインディアンの方々は、フランスと同盟を結んで
 戦わざるを得ない状況だった。
  まったく自分には罪がないインディアンの方々が、や
 むを得ないこの様なこの戦いによっても、民族としての
 消耗が行われた。
  (しかし、何といっても最大のインディアンの方々の
 民族の消耗は、アメリカによる虐殺である)
  しかし、狡猾なイギリスは、インディアンの方々と同
 盟を結んでいた。
  (悲しいかなインディアンの方々の各部族の連携は取
 られていなかった・・ただただ、自分たちの国土を取り
 戻したいという感情だけだった、その感情に付け入った)
  狡猾なイギリスは、故に、表題の様に、フレンチ・イ
 ンディアン戦争と呼び、呼ばせ、そして、世界にプロパ
 ガンダ(嘘宣伝)する・・根本は、イギリスとフランス
 のアメリカ領土の奪い合いの戦争である・・ヨーロッパ
 での戦争・衝突の延長でもある。
  この戦争に、アメリカ合衆国の初代大統領となったジ
 ョージ・ワシントンがイギリス側に加わっている。
  また、卑劣な事に、この戦争に於いてイギリスが、フ
 ランス側についているスペインからフロリダを割譲され
 たり、
  スペインは、その見返りとして、イギリスからキュー
 バのハバナを貰ったり・・、
  フランスが、同盟国のスペインに、ミシシッピー川以
 西のルイジアナを割譲したり・・アメリカの領土をやり
 とりした・・インディアンの方々は、ただただ、血が流
 れただけだった。
  結果、イギリスが、北アメリカの東半分を植民地とし
 て勢力支配地とした。
.
1757年、イギリスが、インドを奪った。
.
1763年10月7日、1763年宣言(1763ねんせんげん)
  イギリスが植民地に押し付けた宣言で、
  イギリスの国王ジョージ3世が、宣言を発した。
  アメリカのフランス領を、7年戦争に勝ったので、この
 得た広大は土地への入植や、土地の購入や、取引(毛皮)
 などの規則を定めた。
  インディアンの方々は、土地を奪われた(イギリスは、
 購入したと主張)・・それ故に、このアメリカの土地は、
 イギリスが、独占的に取引する権利を有すると宣言した。
  既に、土地を持っている入植者をはじめ、インディア
 ンの先住の方々の権利は無視された・・先に入植してい
 た入植者たちも憤った。
.
1763年、ポンティアック戦争 (1763年〜1766年)
  この戦争は、以前から、フランスが、領有権を主張し
 ていた土地を、イギリスが奪い、そして、占有すること
 を阻止するために・・
  このインディアンの方々に対して現れた新たな土地を
 奪うイギリスという国に対し、
  先住民族である本当の土地所有者のインディアンの方々
 が起こした戦争だった・・が・・、
  悲しいかな不成功に終わった。
  「1763年宣言」は、ポンティアック戦争以前に宣言さ
 れていたが、紛争の勃発により、その実行が急務となっ
 た。
  イギリス政府の役人は、アメリカ・インディアンの方々
 に、イギリスの規則を認めさせようとし、また、それ以
 上の敵対的行動を抑えようとした。
.
1764年4月5日、「砂糖法」で金を巻き上げるイギリス。
  イギリスが、植民地に押し付けた規則「砂糖法」で、
 この規則などの植民地規制は、、植民地に大きな不満を
 引き起こした。
  砂糖法は、この日、イギリス首相のジョージ・グレン
 ヴィルの主導によって、イギリス議会で制定された。
  この規則は、関税に関する法律で、「アメリカ歳入法」
 「アメリカ関税法」とも言われた。
  序文に・・、
  「この王国(イギリス)の歳入を改善するには、新し
 い規定と規制を確立すべきである・・また・・歳入を高
 めるべく努めることは正当であり、不可欠である・・上
 述のものを防衛し、保護し、安全を確保する費用を負担
 するために」・・と、自分に都合良く述べられている。
  砂糖法の制定以前に、糖蜜法(1733年成立)があって、
  これは、イギリス領ではない植民地から輸入される糖
 蜜に、1ガロン当たり6ペンスを課すことによって、イギ
 リス領西インド諸島産の糖蜜のものだった。
  砂糖法は、関税率を1ガロン当たり3ペンスに減額する
 ことで、徴税の強制力を強めたものだった。
  また、課税対象が、ワイン、コーヒー、衣類などに広
 げられた。
  賄賂や袖の下が通用し・・密貿易者はその手を多用し
 た。
  それ故に、それを取り締まり役員・職員には、甘いも
 のとなった。
  イギリスは、フレンチ・インディアン戦争で負った莫
 大な負債を返済するため、資金集めという意図が強かっ
 た。
.
1765年3月22日、印紙税法(または印紙法)
  イギリスの植民地の方々を虐(しいた)げるこの「印
 紙税法」の制定に至り、その不満は、憤激に代わった。
  しかし、イギリスは、さらに、1767年に「タウンゼン
 ト法」を制定した。
  イギリスは、植民地政策を、一層、強化した。
  そして、1770年3月5日に『ボストンの虐殺』が起きて
 行く・・、
  この印紙税法は、この日、イギリス本国で、議会が制
 定した。
  新聞や公文書、そして、証書や手形など、植民地のあ
 らゆる印刷物に、所定額の収入印紙を貼ることを命じた。
  そこからの収入を、駐屯軍費用と密貿易取締り費用に
 あてようとした。
  年間・6万ポンドの税収を見込み、イギリス本国の財政
 窮迫にも対処しようとした。
  これは アメリカの13の植民地全体の商人、農民、漁民、
 弁護士、出版業者など・・あらゆる階層に、そして、職
 業に影響が及ぶものであった。
  しかし、横暴にもイギリスは、そうであるにもかかわ
 らず、植民地議会の同意を得ていなかった。
  これは、イギリス憲法によって保障されている植民地
 の権利を無視するものだった。
  「代表なくして課税なし」というスローガンに集約さ
 れる広範な反対運動を引き起した。
  反対運動は、植民地議会や、各地の反対決議、9植民地
 代表による印紙税法会議開催、街頭デモ、印紙指定販売
 人襲撃、イギリス製品の不買などの形をとり、イギリス
 本国でも反対運動が起り、翌年の1766年3月に撤回された。
.
1775年4月19日、レキシントン=コンコードの武力衝突。
  このアメリカとイギリスの武力衝突を経て独立戦争が
 始まる契機となった。
  マサチューセッツのレキシントン(ボストンの近く)
 にて、反乱者を逮捕しようと向かったイギリス軍と植民
 地軍(アメリカ)が交戦。
  ここから独立戦争が始まる。
  数で負けるイギリス軍はボストンへ逃げ込み、反乱軍(
 アメリカ軍)は街を包囲。
  その知らせを聞いた民兵たち(アメリカ軍)が、各地
 からぞくぞくと集まって来た。
.
1789年、アメリカ合衆国憲法ができた。
  しかし、卑劣な事に、その第4条第三節第二項において、
 アメリカ合衆国の広大な土地を「合衆国に直属する領土」
 として、
  先住民のインディアンの方々の権利を、ことごとく奪
 った。
.
1947年7月19日、エクソダス号事件
  イギリスは、ユダヤの方々を虐(しいた)げた。
  イギリスは、ユダヤ人難民4530人のパレスチナ上陸を
 拒否した。
  この方々は、ナチスの強制収容所で、幸い殺されず、
 生き残った方々だった。
  この時のイギリスのやり方は強引で、イギリス兵は銃
 撃した。
  武器のない難民の方々は、空き缶や野菜を投げて抵抗
 した。
  3時間の虐げの攻撃を受けた。
  また、エクソダス号は、体当たり攻撃も受けていたの
 で船は浸水していて、降伏した難民の方々は、別の船に
 乗り移らされた。
  イギリスは、ハンブルグ(ドイツ北部の都市)へ連れ
 て行き、強制的に下船させ、そして、リューベックの収
 容所へ入れた。
  ナチスの手をやっと逃れた方々を、再び、ドイツの収
 容所へ入れた。
  国際的な批判も受け、イギリスは、今後、難民の方々
 をヨーロッパへは戻さないと言った(ユダヤの方々に対
 し虐げのヨーロッパ世論でもあった)
  因みに、ハンブルグには歴史博物館があるが、その記
 述には・・
  「1933年にヒットラーが政権をとり・・、
  1938年11月9日〜10日にかけて、ユダヤ人の方々への組
 織的迫害を始め・・、
  1941年秋には、ハンブルクのほぼ全員のユダヤ人の方々
 が、ミンスクやリガへ輸送されて行った。
  1933年のヒットラーが政権を取る以前は、17000人もの
 ユダヤの方々が居られたのに、
  1945年5月には、たった数百人のユダヤの方々しか居な
 かった」・・と・・、
  そして、この事件をモデルとした映画・栄光への脱出。
  Exodusは「大挙した脱出」という意味で、キリスト教
 の史実に実存しない「架空のデッチアゲ話の出エジプト
 記」になぞらえている(1960年、映画化)
.
1991年1月17日、湾岸戦争が始まる(気化爆弾が使われた)
  この戦争は、第41代アメリカ大統領ジョージ・H・W・
 ブッシュ(父)の主導で、イラクの空爆を行なうことで
 始まった。
  この時、気化爆弾が使われた。
  この爆弾は、爆発による破片による殺傷ではなく、急
 激な気圧の変化による内臓破裂などを起こさせる爆弾で、
 非常な威力があった。
  それは、人体が、1kgf/cm2 程度の爆風(=風)でも、
 急性無気肺や肺充血を起こすからで、
  また、さらに、一酸化炭素を大量に含んだ酸素バラン
 スが悪いガスが襲い掛かってくるため、酸欠と一酸化炭
 素中毒と呼吸困難を同時に起こすことになり、窒息死を
 したようになった。
  だから、建物に避難している人たちをも、無差別に殺
 された。
  (戦闘員だけを対象にした爆弾ではない・・その最初
 から無差別殺戮を目的としている非人道的兵器)。
  また、燃え残ったこの爆弾の燃料が、大地に広がった
 だけでも危険という代物(しろもの)。
  アメリカは、この兵器を開発して、保有しているが、
 積極的に使用したがっている。
  この湾岸戦争のとき、広範囲の砂漠に分散して砂中に
 隠されたイラク軍戦車部隊や、随伴歩兵らの兵力を削ぐ
 べく、この兵器が使用され、
  多数のイラク兵が、この兵器の作動時に発生する巨大
 な火球によって、塹壕(ざんごう)や戦車の中で蒸し焼
 きになって焼き殺された。
  また、衝撃波で(目立った外傷も無く)圧死させられ
 た。
  この爆弾は、BLEVE現象による殺戮となる・・
  (参考)BLEVE(ブリーブ、ブレビー)は、液体
     の急激な相変化による爆発現象。
      日本語では、「沸騰液膨張蒸気爆発」や「沸
     騰液体蒸気拡散爆発」などと訳す。
  この爆弾の研究は、第二次世界大戦中にドイツで始ま
 った。
  これは、爆発性の高い燃料を、ポンプで散布するので
 はなく、燃料自身の急激な相変化によって行われる。
  そのため、秒速2qもの超急速度で拡散する。
  このため、数百kgの燃料であっても、放出に要する時
 間は100ミリ秒に満たない。
  だから、爆弾が、時速数百kmで自由落下しながらでも、
 瞬間的に広範囲に燃料を散布できる。
  燃料の散布が完了し、燃料の蒸気雲が形成され、着火
 され、自由空間蒸気雲爆発が起きる。
  大きな破壊力を発揮する。
  爆鳴気の爆発で、空間爆発の強大な衝撃波を発生させ、
 12気圧に達する圧力と、2,500℃〜3,000℃の高温が発生
 し、人体に多大な影響を与える。
  音速飛行の戦闘機や航空機でも投下でき、湾岸戦争の
 時、アメリカはヘリコプターで投下した。
.
2017年、偉大な日本人の発明がまた・・、
  ほとんどの物は、酸化(燃焼)するときに、熱を発す
 る。
  今・現在、炭素を酸化させて(燃やして)人類は、熱
 (エネルギー)を得ている。
  この事によって、人類は、文明が維持され、生活が維
 持され、保たれている。
  しかし、この炭素の燃焼は、炭酸ガスの発生による地
 球温暖化の問題を発生する。
  アルプスの氷河が無くなり、また、ハワイのワイキキ
 の浜辺が、海水面の上昇で無くなって来ている。
  この様な現状を打開する発明が、輝かしくも日本人の
 手によってなされ、このシステムが成立しつつ、ほぼあ
 る。
  偉大な日本人の偉業が、また一つ増えるという状況で、
 ノーベル賞の有力候補となっている。
  炭素の燃焼に、人類が頼(たよ)っているのは、その
 保存性と燃焼性であるが・・、
  その炭素に代わって、アンモニアを燃焼させようと、
 そのアンモニアの燃焼の欠点が、日本人の発明・研究に
 よって克服されつつある。
  実証実験の段階となっている。
  アンモニア燃焼の良さは、燃焼後の発生ガスが、水素
 と窒素であるため、地球温暖化の問題も発生しない。
  日本人研究者が、その燃焼性と保存性の解決策を発明
 した。
  有望な触媒による発明がなされて、解決し、また、一
 連のシステム成立の可能性が、現在、大いに高まってい
 る。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive

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